美食家クーネ・ノヴェート

ユヴァイ

ユヴァイ、と呼ばれる者達が居る。200年程前、魔術黄金期初期に流行り出したオカルトが元祖の集団だ、ソレらは生者の肉を生きたまま食し、自らの糧とすることで魂の同化、吸収を行い、より長く生きていく事が出来る様になる。

そんな宗教思想が根幹に根ざしている。

この宗教団体は大量の誘拐、失踪事件を起こして以来、国そのものに殺戮され、噂のみが後に響き渡り世界を恐怖させた。

現代ではそのユヴァイは形を変え、生物の肉を生きたまま喰らう者達を指す総称になっている。

美食家クーネ・ノヴェート

この街の時刻は深夜過ぎ、空を見上げればどこまでも続くかのような深淵が広がっている。何者も存在しないとも思わせる静寂、最近では特にそんな光景が日常となっていた。

夜出歩くと悪い夢を見るらしい、そんな噂が流れ出したのはこの街の時間で90日程に遡る。

なんでも、誰も居ない、丁度今日の様な夜中に出歩いて遊んでいると、突然吐き気と鈍痛に襲われ、世界が暗転し、鋭い激痛に目が覚める。

薄暗い部屋の中、一体どこなのかが一切分からない恐怖、目の先には真っ白い髪をまだら模様に朱に、口の周りを真っ赤に染めた、仮面を外せばさぞ美しいであろう少女が居て、自分に有るはずの部位が欠落しているのだ。

妖艶な少女に支配されて行く感覚とこれまで体験したことのない様な状況に頭が真っ白になり叫ぼうにも声が出ない。

手足の一切動かないのに対して鋭い痛みに冴え渡る全身。

視覚と聴覚、痛覚、そして味覚だけは鮮明になっている。

はっきりとその時のことを思い出せるという。荒い息遣いで我慢に耐えかねた獣の様な吐息、犬歯が皮膚に触れ、そしてじっくりと体内に挿入される感触、四肢がギチリ引きちぎられ、減っていく肉体、そして激痛に悶える自身の心の底からの声無き悲鳴。

何時間も、何時間もそれが終わらない。

ガタガタと震えだす肉体と、それに釣られてかどこからかの声のない笑い声。

普通なら死んでいる様な状態で生きている絶望。

悶える程に心底楽しそうに嗤い、快楽に身を任せるままに喉を抜ける息を塞ぐよう口付けをする少女。

永遠に終わらない激痛に生存本能が刺激され、同時に襲われる射精にも似た快感、脳内物質が溢れ出し、全身の穴という穴から溢れ出す大量の汗と血液、最初は指が、腕が、足が、目が乳房がいきり立つ其れすらも、一つ一つ愛惜しむかの様に頬張っていく。

徐々に喰され(犯されて)いく心と体。

最高の逸品を堪能する美食家のごとく心底幸福そうな表情を浮かべる仮面の少女。

体からは徐々に血液が失われ、絶頂と共にホワイトアウトする。

そして目が覚めると体に何ら異変はなく、無くなった筈の物は全て有る。彼らの脳裏に、そして民衆たちの心に鮮明に焼き付いた快感と恐怖の噂は忘れられる筈もなかった。

無かった筈だった。

誰もが宴に疲れ、きっとあの噂も忘れている。でなければ道端に気持ちよさそうに寝そべる者など居るはずがない。

真夜中の河川敷、灯りを齎すイル達も今は眠っている。マーギス・エルガの団長による唐突な収穫祭に賑わう街の夜も昨日を過ぎてみれば静かな物だ。

人影や異形種ですらも滅多な事がない限り出歩かないこの夜に小柄で白銀の髪を靡かせる少女が立っていた。

つかの間の静寂、群青に染まる深淵を見つめながら彼女はポツリと呟いた。

「今日はとても静かな夜ね。あぁこんな夜こそとてもいいわ」

大ぶりなナイフを舌でそっと、血の痕跡を惜しむ様に、優しく舐め上げながら彼女はそう、ポツリと呟いた。

彼女の目の前にはさぞ美味しそうな肉体が寝転がっている。

そう、俺、マーギス・エルガ団長、ユウリは宴に疲れ、そのまま眠りにつき、あまりに幸か不幸か今正に巷で噂の美食家の餌食に成ろうとしているのだ。